社内じゃなく社外で勝つ ~左遷された勤め人の生き方~

左遷された窓際サラリーマンが、やりすぎな節約とほどほどの投資によって出世エリートより幸せになれることを証明するブログ

良い反骨心とは

 

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このブログでもずっと言い続けてきたように、俺は会社への、というか左遷人事を簡単にやってくれたやつらへの反骨心のようなものでガムシャラに生きています。

 

我慢の節約とか、投資とか、将来設計とか。

 

 ちなみにシステムの入替を担当していた時、毎月100時間を越える残業をして地獄だった日々も、会社の為ではなく、自分のためだ!と言い聞かせて乗り切ったような気がします。

 

 減らされた人数の中で、文句ひとつ言わずモクモクと仕事をし一人でシステム入替えを乗り切ったということは結果的に反骨心の矛先である会社への貢献となってしまっているのが、おもしろいところですが(笑)

 

しかし良く考えると俺は若い頃から今までずっと反骨心でやってきたような気がします。

 

学生時代

 割と「くさったみかん」?扱いされていたと思います。

 

 特に「お前はダメ人間だ!」とはっきり言われたわけではないのですが、成績も悪かったし、素行も決して良くなかったですしね。

 

 高校卒業する時も自分の進路のことは担任(大嫌いな教師でした)にまったく相談せず、結果的に俺の進路は最後まで「不明」となっていたはずです。卒業後はどうするんだ?と聞かれても「何も考えていない」と言っていましたから。本当は通信制の大学への進学が決定していたんですが。

 

 高校生活最後の日、卒業式が終わったあとのホームルームで「進路が決まっていない人もいますが、、、」みたいな嫌味を言われましたね。 この言葉がすごい俺の反骨心を掻き立てました。

 

 そこから少なくともこの教師よりは良い生活を絶対にする!と仕事も勉強も頑張っていたような気がします。当時は何の基準をもって「良い生活」を思い描いていたのかは不明ですが。

 

上手くいく反骨心と怪我をする反骨心 

行き過ぎた反骨心は怪我をすることがあります。

 

 分かりやすく言うと「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」みたいな感じでしょうか。それに関わるすべてのものが憎くなると怒りで正常な判断ができなくなります。俺の場合それで投資活動を焦ったあまり、ソシャレで大怪我しましたからね。

 

 しかし虎視眈々、コツコツ、と言ったような静かな怒りを基にコツコツやっていることは割と報われてきたような気がします。

 

就職活動や、簿記2級、スポーツ(バスケットバール)。

 

 俺の中でそれは「コツコツやろう」と決めてやったというよりはぼんやりとしたゴールに向かってなんとなく続けてきたもの。そういうものが結果的に上手くゴールにたどり着いています。 

 

 燃え上がるような怒りってあんまり長続きしないんですよね、俺だけかもしれませんが。

 

 まとめ

今人生最大のコツコツが要求される「経済的自由」を目標として動いています。

 

 今までの資格や就職、スポーツのように短期決戦で決着がつくものではなく、何十年スパンのものであり、ゴールまで反骨心の静かな炎を絶やさずにいられるかどうかが少々心配です、というか心配でした。

 

でも最近ではもしその反骨心が絶えたとしても、それはそれでいいかなとも思えるようになりました。

 

 結局人生なんて「死ぬまでにどれだけ幸福を感じられるか」のゲームだと思っていますから、今はその反骨心による行動が幸福であっても、それが将来幸福でなくなったとしたらまた別の幸福を求めたら良いかなと。

 

さて、円高にもなっているし今日も元気にドル転しよう(笑)

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