社内じゃなく社外で勝つ ~左遷された勤め人の生き方~

左遷された窓際サラリーマンが、やりすぎな節約とほどほどの投資によって出世エリートより幸せになれることを証明するブログ

承認欲求は人を成長させない無駄な感情

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最近ツイッター界隈を見ているとやけに承認欲求が強い人が多いなぁという印象。

 

 もちろん一日何回もツイッターを見ているので、ツイッターの世界と現実の世界を同じにしてはいけないという事は十分わかっているのですが、それを差引いて考えても、承認欲求を振りかざしている人が多くなったなぁと感じます。

 

承認欲求は百害あって一利なし

 俺にも承認欲求はあります。就職活動が成功したり簿記の資格を取ったときなど、他人に褒めてもらったら確かにうれしかったので。

 

 しかし今世間では、例えば「簿記の資格なんてとっても意味ねーよバーカ」みたいなツイートがあれば、簿記の資格を取った人達から総攻撃を受け、炎上するかもしれません。

 

 ちょっと前にもある芸能人が「仕事がなくなったら看護師になりたい」(※言い回しをうろ覚えです)と言ったら大炎上しました。この発言は看護師を軽視している、と捉えられたようです。

 

 これは自らの職業にプライドを持っているので、他人にも自分と同じようにその職業を尊重してほしいという感情でしょう。

 

 しかし、自らプライドを持って仕事をしているのであればそれで良くないですか?他人にも自分と同じようにその職業にプライドを持ってもらうこと、不可能じゃないですか?

 

他人を変えることなんてできませんから。

 

他人を変えようとする感情

 承認欲求が強いということは、それはつまり「他人を自分と同じ考えに変えさせないと気が済まない!」ということに他ならないと思います。「自分と同じ考えじゃないのはおかしい!」って・・・こどもじゃないんだから(笑)

 

 俺も若い頃はそのような考えがあったかもしれませんが、20代にもなると”他人を変えることなど不可能”という答えにたどり着きました。これは仕事にも言えることですが、他人を変えるより、自分が変わった方が圧倒的に早いし、楽です。

 

1人でモクモクと仕事をして、がんばって考えに考え抜いて書類を作った自分より、目立つ場面でたった一言気の利いた言葉を放つ社員の方が評価が高かったりします。

 

会社と言うよりも、人生とはそういうものです。

 

 そこでいくら大きな声を出して、「俺は一人で駆けまわって夜も寝ないでこの書類を作り上げたんだぞ!!!」と言っても、あなたは承認欲求が強いおかしなやつだと思われて終わりです。

 

 そのような感情があると、他人が見ているところでしかがんばれない人間になりそうな気がしませんか?一人でがんばることができない人間は絶対成長できないと思います。

 

分かりやすく言うとダイエットができない人にこのタイプが多いですね。

 

まとめ

 俺の大好きなドラマに「ロングバケーション」というドラマがあります。そのドラマに「脇役にはスポットライトは当たらないじゃん」という言葉がありました。

 

これは結構名言だと思っていて、俺の人生のバイブルともなっています。

 

 俺は特殊な能力もなければ人望もなく、勉強もできません。しかしそれを素直に認めることが意外と難しかったですね。

 

 これは今後歳をとればとるほど難しくなる気がしますので、自らは何者にもなれない脇役である、ということを早めに理解しておく必要があります(笑)

 

 自分は脇役だしスポットライトが当たらないのが当然、と考えられるようになると、「他人に認められたい」という承認欲求はかなり小さくなります。

 

承認欲求はただのストレスであり、まさに百害あって一利なし。

 

 不思議なもので俺の場合、自分は脇役だと認めるようになってから会社での評価が上がり、ボーナス査定は最高位に。それまでは平均査定だったんですけどね。

 

人生ってそんなもんです。

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