社内じゃなく社外で勝つ ~左遷された勤め人の生き方~

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自分の仕事にプライドを持つと他人にもその仕事をリスペクトしてほしくなる?

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個別の案件のことを言うのはどうかと思うのでオブラートに包みます。

 

様々な職業に関する「無償ボランティア募集」や芸能人の「〇〇の職業やってみたい~♡」という発言について、いつもネット界隈は炎上します。

 

これってなんででしょう?

 

自分の職業にプライドを持つこと

俺は今の仕事を生活の為と割り切って選択しました。その生活の為に自分で考えて通信制大学に進み、学費を自分で払って無借金で卒業して、無事に大手インフラ企業に就職したわけですが、そこにはシリアスな「生活の為」という理由があるので、確かにプライドというものはないかもしれません。

 

最近たまに見ますが、自分の職業が軽視されるようなことがあった場合、すごく怒る人たちがいます。「無償ボランティアの募集」が一律にその職業を軽視しているかというと俺はそうではないと思いますが、そう捉える人も多いようです。

 

「無償ってふざけんな」「○○万円だしたら応募してやる」「こんなのに応募するやつはレベルが低い」など、大炎上です。

 

応募したい人もいるかもしれないのですから好きにさせてあげれば良いのに。あなたが応募しなければ良いだけです。

 

俺は「自分がプライドを持っているものを他人も同じようにリスペクトしろ」というのはどうしても理解できません。

 

俺は昔バスケに命を捧げたことがあります。血ヘド吐くまで走り込み、手首に後遺症が残るまでシュートをして、膝にメスを入れるまで練習し、誰よりも努力しました。

 

息切れしていない時間があるということが耐えられず、夜中も休まず走りこんだ結果、体重はひたすら減り続け、現役の時監督に「食べる」と「休む」というトレーニングを命じられたほどです。

 

間違いなくプライドの一種ですが、例え他人にバスケを「玉入れ遊び」と言われてもなんとも思いません。こんな俺はおかしいですか?

 

だって自分と他人の価値観を同じにすることなんてできるわけないので。

 

自分が勝手に持ったプライド

俺は自分で勝手にバスケにプライドを持ちました。高校からは特待生の推薦も来ましたし、普通の高校に通った後も、地域のバスケチームでプレーしていたときに実業団からスカウトされたこともあります。

 

努力してきた結果だと思いますが、これって自分が勝手に持ったプライドです。他人に「俺がこれだけバスケにプライド持っているんだからお前もリスペクトしろ」はおかしい理屈です。

 

このように自分の職業などが軽視されると炎上してしまう原因は「承認欲求」であると思います。

 

「承認欲求」は自分にとってまったくリターンのないバカげた感情なので今すぐなくしましょう。

 

まとめ

俺は承認欲求と言うものを母親の腹に忘れて来たようです。まぁ母親は俺が4歳くらいの時に出て行ったので、まぁ今ではその腹を見ることもできませんが。

 

他人と自分を完全に切り離して考えることができれば、自分の職業がディスられようが会社で同期が続々と昇進する中、自分だけが平社員で取り残されようがまったく気になることはありません。

 

会社に依存しない生き方がしたいのであれば承認欲求をなくすことは第一条件である言えます。

 

では

 

 

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