社内じゃなく社外で勝つ ~左遷された勤め人の生き方~

左遷された窓際サラリーマンが、やりすぎな節約とほどほどの投資によって出世エリートより幸せになれることを証明するブログ

配当金が経済的自由額に達した時、仕事を辞めることができるのか

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あまり考えたくないことですが、最近よく考えてしまいます。

 

有名ブロガーである三菱サラリーマンさんなどのブログを読んでいると「自分がもし経済的自由を達成したとき、果たして仕事を辞めることができるのか、と。

 

仕事は嫌い

何度も言っているように自分は仕事が嫌いです。あくまで生活の為に出勤し、給料分キチンと働き、有休は全て使います。

 

そんな俺ですが「労働収入の硬さ」というものは、投資をしている分嫌というほど理解しています。配当金や分配金などは、どうしても不安定さがぬぐい切れません。逆に労働と言うのは時間を差し出す代わりにとても安定しています。

 

ビビリな自分は、もし配当金で経済的自由を達成したとしても果たしてこの安定した労働収入を捨てることができるかと聞かれれば、正直微妙です。

 

微妙であるからこそ、あまり考えたくないのかもしれません。「どうせ配当金が積み重なったって自由にはなれない」という現実を受け入れたくないんです。

 

違う意味での自由に期待

しかし、この現実から100%目を背けているわけでもありません。俺は配当金が経済的自由額に達すれば、仕事が今ほど嫌いでなくなるのではないかという思惑があります。

 

 いつでも会社を辞めても大丈夫な状況であれば、会社での出来事が自分の人生に与える影響が限りなくゼロになります。

 

世のサラリーマンやOLは「絶対に辞めることができない」という前提で働いているから会社での嫌な出来事に一喜一憂し、プライベートでも仕事のマイナスを引きずるわけです。その一喜一憂がまったくなくなれば、仕事が嫌ではなくなり、労働収入を捨てることなく豊かな人生が送れるはずです。

 

会社に行くのが嫌でないならわざわざ労働収入を捨てる意味もないですよね。幸いうちの会社は福利厚生が日本一と言っても差し支えないくらい充実し、有休は最低でも年間20日は使い切らない人がめずらしいくらいです。さらに夏休みもそれとは別に付与されます。

 

この特性を活かし、有休を目いっぱい使いつつ、プライベートを最高に楽しむというのが現実的な最終目標かもしれません。

 

まとめ

最近流行りの、「大学卒業しても就職せずフリーランスになる!」と言っているツイッターユーザーが「私は両親に何かあった時にすぐ駆けつけたいので就職しない」とツイートしていました。

 

世間知らずなお子様ですね。その程度の知識と頭脳でフリーランスとは片腹痛いです。

 

うちの会社では「親を病院に連れて行くので帰ります」「子供が具合悪いので帰ります」「映画行くので午後から帰ります」これらはどれも良くあることです。

 

就職したら首輪をつけられるとでも思っている世間知らずです。親に何かあった時なんぞ、上司の方から「さっさと帰れ!」と言われます。

 

子供が今日生まれそう、という若者に上司が「こんな時に何仕事来てんだ!早く奥さんのいる病院に行け!」と朝出勤してきてトンボ帰りさせられた若手社員を見たこともあります。

 

自分の場合こういった会社であることから、最終的には辞めずに「経済的自由を達成し、ストレスを完全にゼロ状態した上で労働収入を得続ける」という可能性もあるわけです。

 

この福利厚生がないような会社であれば配当金が一定額に達すれば確実に辞めると思います。つくづく就職先って大事ですね。

 

 では

 

 

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